RAINBOW回想記ーハレの日、ヒトが集い“踊る”というコト。ーRAINBOW 2018 ASO 甲の瀬音楽祭まであと5日

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日本の伝説的なフェス“RAINBOW 2000”のオーガナイザーであり、5日後に迫った“Rainbow 2018 aso 甲の瀬音楽祭”のプロデューサー越智純の生き様に触れる「RAINBOW回想記」。昨日から4つの話しに分けてお届けします!

昨日の『音楽フェスに魅せられた男。』に続く今日は『ハレの日、ヒトが集い“踊る”というコト。』なぜ、人は踊り続けてきたのか?短い言葉の中に深遠なメッセージが散りばめられていた。

ー遠い遠い昔の時代、人類にとって、“踊り”とは、心と体をより自然な状態にし、人と人とが完全な調和を保つためになくてはならないものだった。踊りとは、単調で当たり前の日常に変化とケジメをもたらすハレの日に欠かせない儀式なんだよー。

かつて先住民の人々が受け継いできた精神文化の核、あるいは、現在もごく限られた少数民族が維持している調和的な社会を成り立たせ、維持する力とアニミズムが共鳴するのは、僕らのDNAが証明している。

一言で言うなら、“踊り”とは、『言葉を超えて無言で調和できる、深い深い感覚の世界ー求心力』

これが、伝統的文化から離れ自分を見失うのが当たり前の現代において、自然回帰・ヨガ・瞑想あらゆるカルチャーが受け入れられ、富士山に1万8千人が集まる理由だ。いくらテクノロジーが進歩しようと手放すことが出来ない普遍的なこと。

踊る場所はなくならない。

ー90年代高度経済成長の時代、海外に目を向けると、ドイツ・ベルリンで「ラブパレード」が起こり100万人が町中で踊りだしていた。

ターンテーブルを楽器にして聴衆を踊らせるDJカルチャー、パソコンと電子楽器を駆使しての「テクノミュージック」は従来の音楽の概念を変えていき、ヒトに踊るという事の大事さを説いたように感じる。

儀式や祭事など、原始時代から人々はいつの時代も踊ってきた僕らが忘れてしまった「踊る」という体験。経済的豊かさを求めるあまり、精神的豊かさを置き去りにしてきた僕らだからこそ、踊ることをやめてはいけないし、僕がフェスを続けている理由なんだー。

5日後、熊本阿蘇の大地で共に祝い踊ろう!

文:RAINBOW 2000/RAINBOW 2018 越智純

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