RAINBOW 2018 ASO 甲の瀬音楽祭まであと6日!伝説の『RAINBOW 2000』音楽フェスに魅せられた男。

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【伝説の『RAINBOW 2000』音楽フェスに魅せられた男。ーRAINBOW 2018 ASO 甲の瀬音楽祭まであと6日!】

九州をザワつかせている『Rainbow 2018 aso 甲の瀬音楽祭』があと6日をきったというコトで、日本の伝説的なフェス“RAINBOW 2000”のオーガナイザーであり、今回の甲の瀬音楽祭のプロデューサーとして、お話を伺った。なぜ 越智純氏はフェスをやり続けているのか?その芯に迫りたい。

 

ー22年前の8月10日、富士山で開催した「RAINBOW2000」をプロデュースした事が僕の人生を大きく変えることになった。

今の若者にしたら信じられないコトかもしれないけど、22年前の日本でオールナイト×キャンプインという、「夜を越えて朝まで踊る」大規模音楽フェスはほとんど無かった。今では当たり前になったけど、ここに到るまでの話しをしたいと思う。

RAINBOW2000から月日は流れ、齢71 “夢見るジジイ” の最後の言葉に少しの間付き合ってほしい。

遡ることRAINBOW2000開催の8年前、1988年8月8日八ヶ岳で「NO NUKES ONE LOVE」を掲げ「いのちの祭り」が開催された。チェルノブイリの原発事故以降、危機感を募らせていた人々の思いが集中し、全国から8888人(主催者発表)といわれる観客動員があったこの「いのちの祭り」こそが、日本の「ウッドストック」だった。

今でも語り継がれる、80年代ニューエイジ・ムーブメントの象徴。

そんな「いのちの祭り」の成功が、日本独特の「まつり文化」「まつりピープル」を生み、九州では1991年から「虹の岬まつり」がうぶ声をあげていく頃、

僕は1989年から「レゲエ・ジャパンスプラッシュ」の九州・長崎の開催に参画し、当時、北海道から沖縄まで全国10か所、野外レゲエ・フェスを開催していたが、海外のような大規模音楽フェスに憧れを抱くようになる。

そこで僕は、日本で1万人以上の大規模音楽フェスを企むことになる。
1996年、「ジェリー・ガルシア」の1周忌のタイミングも重なり、「いのちの祭り」のコアなメンバーや多くの「デッドヘッズ」が参加してくれたことが、RAINBOW2000を後押ししてくれたんだ。

その当時、トランスの先駆けのイクイノックスが数百人、いのちの祭りでも数千人の時に、1万人で踊ろう!って言い出した時はみんなが“無謀”って思ったんじゃないかな。

事実10日前でも3千ぐらいしかチケット売れてないし、スタッフからも「もう中止しましょう!」って言われてたくらいだからね。

そんな時、出演アーティストだったアンダーワールドの「ボ-ン・スリッピー」が世界的に大ヒット。そこから一気に前売りチケットが1万近くまで伸びて、フタを開けたら日本中から1万8千人が集まったんだ。

「富士山、オールナイト、1万人で踊る、しかもテクノだよ!」

FacebookもTwitterもない時代に、このキーワードはハッシュタグのように日本中の若者の心を揺さぶり、口コミにより拡散された。「富士山でオールナイト、しかも1万人で踊るテクノフェスだよ!」ってね。

アンダーワールドを筆頭にケンイシイ、石野卓球、細野晴臣、岡野弘幹(aka 天空オーケストラ)他の蒼々たる出演者と「日本にもやっとこのカルチャーが来たんだ!」って喜んだのを昨日の事のようによく覚えているよ。

今までに味わったことがない音の衝撃、高揚するフェスとの一体感。
富士山から望む幻想的な朝陽、笑顔で踊る人の波、異次元空間に旅にでた18,000人。僕らは未だに虹の旅の途宙にいる気さえするんだ。

話し手:RAINBOW 2000/RAINBOW 2018 越智純

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